2017年02月01日
鹿児島のアナグマについて

鹿児島のアナグマについて

そもそも私は、現場の状況を自分で把握することなく、現地の野生動物のことについてあれこれと口出しするのは好きではない。しかし、最近、あるマスコミの方から、鹿児島県でアナグマが年間4000頭駆除されていること、また駆除されたアナグマが市場へ流通し食肉として食べられはじめていることについて、専門の立場からのコメントを求められた。このマスコミの方から聞いた情報について、野生動物の保護管理を行う立場からいろいろと考えさせられたので、現時点での自分の意見を書いておくことにする。

1.駆除事業の実施にあたり、まず鹿児島県とその近県におけるアナグマ (ニホンアナグマ、Meles anakuma) の個体数調査が必要です。

 アナグマの繁殖能力について、この種の産仔数は平均2頭であり、世界的に見てもMeles属のスタンダードとしてこの数値を扱ってよいと考えられる。またアナグマの社会構造の特徴として、高密度になってくると、メスの中に順位制があるため、順位の高い個体しか子供を産まない。したがってアナグマは、食肉目動物の中でも、個体数が爆発的に増加するタイプの動物ではない。そのことからすると、鹿児島県でアナグマの捕獲数が、ここ数年で年間100頭から4000頭のレベルにまで増加したという現象は、生態学的に見て異常なことであり、アナグマへの過剰な捕獲圧がかかっていることが考えられる。

 ただし、この数字にはさまざまな疑問点がある。第一に、「アナグマ」と呼ばれている動物が本当に、ニホンアナグマのみであるのかどうかである。駆除の理由は主に、農作物被害と家屋侵入だそうだが、家屋侵入では、屋根裏へ入って天井裏のスペースで子供を生み育てるタイプがあるという。普通、アナグマは家屋へ住み着くことはたまにあるが、体型や移動能力の特徴から、床下へ住み着くことは可能であるが、垂直に樹木や柱を登ったり、飛び跳ねたりして天井裏へ入ることは不可能である。このことから、被害を発生させている動物には、アライグマとハクビシンが含まれているものと考えられる。タヌキも含めて、体型が中型サイズのこの4種は、姿形が似通っており、かなりの動物の経験がないと種を見分けるのは困難である。

 第二に、当該地域の駆除作業には、報奨金が支払われているそうである。捕獲した動物についての何らかの証拠(切り取った尾や、死体の写真など)を提出すれば、1頭あたり数千円程度のお金が支払われる。可能性として考えられるのは、報奨金目当ての「水増し」報告が起きているのではないだろうか。たとえば写真の場合、場所や角度、添付する日付を変更して何種類も撮影して、別の駆除であるかのように見せて提出するなどの証拠の捏造は、いくらでも可能である。

 アナグマは日本固有の野生動物であり、在来種であるため、駆除により絶滅するようなことがあってはならない。現状をもっと精密に把握することはもちろんであるが、県など行政担当者の方には、ぜひとも「加害動物の種の判別」「個体数調査」をきちんと行うことをお勧めする。さらに、得られた個体数調査の結果を元に、「持続可能な利用」をするための検討が、事前に十分に行われるべきである。

 

2.駆除されたアナグマの死体の食肉利用の前提条件として、「食品としての安全性の検査」が必要です。

 アナグマだけをとってみても、10数種類の内部寄生虫が寄生していることが、学術的な研究によりわかっている。アナグマの食品としての流通は、あまり例が見られないため、早急に行うべきこととして、食品としての安全性の試験を行うべきであることを、特に強調したい。また、食肉製品が、鹿児島県内だけでなく、東京などの隔絶した大都市にも流通し、地域おこしの一環としても期待されているそうであるが、鹿児島の現地では常識となっているかもしれない野生動物肉の殺菌や除菌、寄生虫駆虫の方法が、遠隔地では食文化の違いから、まったく行われずに消費者へ提供される可能性がある。実際、今年の狩猟シーズンには、北海道で捕獲されたヒグマ肉が、栃木県のレストランでジビエ料理として提供された際に、食べた人がセンチュウによる感染症を起こし食中毒様の症状を呈したことが報道されたことは、記憶に新しい。

 さらに、1番で書いたように、今回の場合は、アライグマやハクビシンなどの外来生物のことも、補助事業上(報奨金支払い上)は「アナグマ」というくくりで扱われている可能性があることから、アライグマやハクビシンも実際は流通しており、この2種についている寄生虫も、消費者が摂取する可能性がある。たとえば一番恐ろしい可能性は、アライグマ回虫(日本ではまだ発見されていない)という、人獣共通感染症の宿主となる寄生虫が人体の中に入り、幼虫移行症を引き起こして失明や脳腫瘍を引き起こし、最悪の場合は食べた人が死にいたる可能性もある。外来生物であるアライグマとハクビシンの場合は、日本の国土の中でどのような寄生虫相の宿主となるかが、まだ確立されていないため、アライグマ回虫以外の感染症も引き起こす可能性がある。

 したがって、生産者のレベルで、出荷する動物肉の安全性を検査する「検疫制度」の確立が必要であると考えられる。

 

3.欧米のアナグマ愛護団体との軋轢が、将来的に生じる可能性があります。

近縁種のヨーロッパアナグマは、イギリスなどの西欧地域では保護獣であり、カリスマ性のある魅力的な野生動物として非常に人気がある。近年、アナグマを牛結核のキャリアー(保菌)であることを理由として、農業維持の観点から大規模に駆除する事業が、イギリスなどで行われている。しかしこのように人気のある動物を駆除することで、愛護団体や民間有志による、反対運動や駆除の差し止めデモが盛んに行われている。これらの活動や、また世界全体で見るとアナグマ属の個体数が増加している地域はほとんどないことから、世界的な動向としては、アナグマを駆除したり、また食肉利用の対象とすることは、国際的に受け入れられにくいと考えるべきである。したがって、日本の中で行っていることが明らかにされた場合は、国際的に問題視される可能性が高い。実例としては、調査捕鯨、イルカの大量捕獲について、国際社会と日本の考え方が大きく異なっていることがわかる。したがって、アナグマを駆除、食肉利用し続けていくことは、将来的に国際社会の中で動物の扱いがなっていないとして、批判にさらされる可能性が高いと考えられる。

そのようなリスクのあることを、わざわざ産業化しなくても、地域の産業振興や経済的な基盤を持つために、「安全」で「安定的に」可能な農産物等は、鹿児島県には他にたくさんあるのではないだろうか?