2016年09月27日
日本哺乳類学会2016年度大会へ参加しました

2016年9月23-26日に、日本哺乳類学会2016年度大会へ行ってきました。今年の会場は筑波大でした。つくばの町は、かつてポスドク研究員として15年以上前に国交省関連の研究所へ勤務していたことがあり、懐かしい気持ちで滞在しました。当時と異なり、センターまで電車が通り駅前は商業施設が増加しにぎわっていましたが、大学や各研究所が広く点在しているので、依然としてバスだけでは移動は難しいところだと思いました。しかし、筑波大キャンパスの緑の多さや静謐さ、研究設備の充実ぶりは、うらやましい限りです。

当研究室からは、初日に都市の食肉目についての自由集会を開催し、また私は自分のプロジェクトからアナグマの臭腺分泌物についての口頭発表(科研費Aのアウトプット)を行いました。学生はM2の岩間君と劉さんがそれぞれポスター発表を行い研究のブラッシュアップを行いました。その他に、共同研究者の方のポスター発表も4件あり、中でも北大増田研の修士学生の木下えみさんは、Meles属2種の古代DNAを分析した研究において優秀ポスター賞をいただいたので、よかったと思いました。

私は、直前までのイギリス出張で引いた風邪の影響で体調が今ひとつ整わず、一部の会議や発表の時間帯、懇親会には出られなかったので、すべての発表を網羅して把握したわけではありませんでしたが、個人的に気になった研究がいくつかあり感想を記します。

1.竹下 毅氏&南 正人氏「長野県小諸市におけるククリ罠によって発生した錯誤捕獲の状況」(ポスター発表) ニホンジカの分布拡大や個体数増加を背景とした農業被害等の対策として、管理捕獲で使用されている「ククリ罠(動物の脚をワイヤーでひっかけて捕獲する方法)」へ、錯誤捕獲された動物の情報です。本来の目的のニホンジカの捕獲にも役立っています(2015年実績で186頭)が、70%程度の数のシカ以外の在来野生哺乳類(同年の捕獲136頭)が錯誤捕獲され、うち70頭が死亡したということです。ニホンカモシカ、またアナグマをはじめとする食肉目動物各種も多く捕獲され、ほぼ全個体が、発見された時点ですでに死亡しており、生きていても脚をはさまれて大けが(おそらく股関節脱臼、前足の場合は肩関節脱臼、脚に大きな擦過傷、パニックによる自傷)により救護の困難な状態のため、安楽殺されたりするそうです。また、単純に麻酔をかけて罠を外す作業が実施できずに捕殺されることもあるそうです。

 ニホンジカの管理作業が各地で困難を極めていることは、私も知っていますが、その作業の陰で、このように多くの在来種の野生動物が死亡し、公的に報告されないことが多く、憂慮すべき事態です。これが長野県だけでなくシカの管理作業の行われている地域で生じているであろうこが想像されます。発表者の竹下さんから直接話を聞くことができなかったのですが、ちょうど隣で発表していた静岡県のシカ管理チームの方からも、話を聞くことができました。

今年、私のかかわる食肉目関連では、日本固有の在来種であるニホンイタチがIUCN(国際自然保護連合)のRDB(レッドデータブック)の絶滅指標をLCからNTへ格上げされ(私も提案メンバーの一人)、日本のRDBランクを引き上げるかどうかについて話し合う検討会議が、今後行われると思います。このように、一部の種が絶滅するかもしれない危機的な状況へ向かって保護の必要性が高まっているにもかかわらず、大量の在来動物が死亡する危険な作業が行われているとは、野生動物と人間の共存のために良かれと思って行っている作業なのに、野生動物の保護全体にとっての危機的な状況が加速化されていると思います。

2.淺野 玄氏「外来種の個体数管理における避妊ワクチンの展望と課題」(企画シンポジウム 口頭発表)  外来種(マングース、アライグマ)の管理において、経口避妊ワクチンの取り組む獣医チームからの報告でした。アライグマの管理について、当研究室でも、人的労力や錯誤捕獲を提言するための遠隔動作式の箱罠「ラクーンターミネーター」の開発をおこなってきていますが、今回のご発表では、錯誤捕獲の多さや管理対象動物の低密度時の捕獲困難な状況に対応するための避妊ワクチン入りの錠剤等を、動物のいる場所にまいて食べさせ、繁殖を止めようとする目的での使用を想定しているそうです。最初にこの企画を目にしたときは、「その錠剤を在来動物が食べた場合に、繁殖阻害が生じるのではないか?」と心配になりました。発表では、「種特異性(対象動物だけに薬効が現れる)」の獲得へのとりくみについて丁寧に紹介され、最新の注意を払って開発に取り組まれているのだということがわかりました。しかし、野外に薬剤を巻くと雑食性の種はすべて摂取する機会ができると考えたほうがよく、種特異性の試験では、他の食肉目動物だけでなく、げっ歯類、昆虫類、鳥類など対象動物を拡大し、本当に他の動物へ影響しないのかをよく確認してもらいたいと思いました。

この企画シンポジウムは、「野生動物が関わる問題にどのように対応するか?~基礎研究を応用した解決への取り組み」(コーディネーターは石庭寛子氏&坂本信介氏)というタイトルで、日本の哺乳類が直面する保全上の各トピックが紹介されたものでしたが、時間帯が最終日の懇親会の翌日の午前中だったのは少々不利だったかもしれません。多くの参加者が聞いていましたが、特に保全に興味を持つ学生さんや、若手研究者は参加したほうがよいでしょうから、頭のクリアな状態で参加しやすいように、大会2日目午前中などの良い時間帯に配置してもらいたいものです。

今回の大会では、上記の二つのご発表が出てきている背景として、日本の野生哺乳類を取り巻く問題のうちいくつかは深刻化し、駆除というシンプルな手法による解決策が(今後も)うまく見つからないのだろう、という印象を受けました。そして、意図せずに在来種への影響が大きく生じていることや、新たな化学物質が環境中へ拡散するような保全策も検討されつつあることを知りました。かつての、公害による環境への影響の対策が、日本の環境政策の中心であった時代に比較すると、日本の国土からは研究界をはじめ各界の努力によりその影響は低減されてうまくいっています。しかし、野生動物管理の方面から今度は生態系への影響が出るとなると、問題がさらに複雑化するのではないかと思いました。いずれにしても、各研究者が安全策を含めた研究を十分にできるように、必要な基礎研究には、研究費、人員、設備などすべての面において、国から手厚い援助をしてもらいたいものです。