2015年04月28日
日の出アナグマ調査

2015年に入って、はじめての日の出のアナグマ調査。

今年は、少々趣向を変えて、いつもは基本的に一人で行う調査を、研究室学生と一緒に行ってみることにした。4月から新たに赴任した、学振ポスドクの斉藤さんも参加である。スケジュールは、最初の1週間を、カメラトラップ調査(予察。ただし今回は捕獲期間が短いので生息確認もかねた)、次の1週間を箱罠を使った捕獲期間とした。

果たして結果は、、、アナグマ情報も捕獲もゼロ。アライグマのメスを2頭捕獲し、他にハクビシン幼獣。カメラトラップには、寄せ餌に惹かれてカメラの前でうろうろしているタヌキがドアップで写っていた。。。まあ、面白かったんだけど。

教員的には、学生たちのフィールドでの動きを観察。すでにフィールドワークを自分で行っている人と、経験のない人とで、フィールド装備にはじまり動き方が全然違うということがわかって興味深かった。大学学部で野生動物関連の実習や、森林系の山を歩く実習はあるけれど、安全対策の十二分に施してある授業と違って、野生動物調査の現場というのは、場数を踏み、失敗し、その原因を自分で考えて少しずつ、また必要となる体力の増強とともに身に付いていくものなんだな、とあらためて思った。

とは言うものの、自分が学生時代に、最初からそんな動きをできていたわけはないので、日の出で調査を始めた頃に、世話をしていただいた神田さんご一家は、はらはらして見ておられたことだろう、と思う。そして、日の出でのフィールドワークについての暗黙のルールのおかげで、私も伸びることができた。それは、「フィールドで結果を出してからものを言え」である。神田さんに日の出の調査のことで話をするには、まず自分で山を歩いてから。アナグマについてなんかやりたいんだったら、アナグマをまずとってこい、である。

それは研究の面ではしごく当たり前なことで、研究は実力がすべてだから、どんなに仮説だの考えても、データを自分で取らない限り、何も始まらない。だから私も、フィールドワークをちゃんとやって、データを取れる人間だと証明をすることに、かなり必死だった。データを取れないかもしれないのは怖い。時間が限られていたり、卒業がかかっていたら、その状態が続くと絶望的にすらなるだろう。でも、「データを取れないかもしれない恐怖」を、初めて味わうのが卒業論文だと思っている。しかしそこで、他人からデータやサンプルをもらってしまうことは、その人にとって百害あって一利無しである。研究生活の初期にそういう教育をされた人が、しばらくたってから、取り返しのつかない研究権利上の問題や、共同研究者とのトラブルを起こしているのを、何度も目にしてきた。

最近の私は、「データを取れないかもしれない恐怖」は、快感ですらある。困難であればあるほど、わくわくしてやる気が出てくる(友人は、そういう状態になった大方の研究者らは、精神が破壊されるプロセスを踏んだ、と名付けているが、、、)。もっとも、年の功で、「転んでもただじゃ起きない」テクニックを身につけたせいもあるだろう。

あえていうならば、初心者でも、この人は最初からフィールドのセンスがあるな、と思える場合がある。そういう人は、ピュアにすばらしい結果を得てくる、「ビギナーズラック」を起こせるのかもしれない。